金融機関職員だった私が、なぜ3年で会社を辞めて栄養士になろうとしたのか

こんばんは。
料理研究家の赤石美波です。

 

 

「安定した金融機関をやめて学校に通うなんて、すごい勇気ですね!」

「どうしてわざわざ仕事を辞めて栄養士の学校に通おうと思ったのですか?」

 

 

自己紹介をするたびに、学校に入ったことに驚かれ、

人からこんなふうに聞かれます。

 

今日の記事では、私自身のお話をしたいと思います。

 

 

料理を始めたきっかけ

 

 

私はいま、栄養士の専門学校に通っています。
入学した時、同じクラスの子たちは、

童顔のせいか私が18歳だと本気で思っていたようで、
「本当は25歳」と言ったら驚かれました。

 

私がなぜ、安定した金融機関を辞めてまで

料理の道に進もうと思ったのか。

 

さかのぼると、きっかけは、大学4年生の春。
運良く就職先から内定をいただきました。
嬉しくて飛び上がりそうだったのを覚えています。

 

必要な単位もほとんど取り終わっていたので、
「大学4年。就職も決まったし、残り1年間何をしよう?」と考えました。

 

 

そこで私が考えたのは、

 

「身近にあることを、極めよう」。

 

これでした。

 

そして一番身近にあった料理にピンときました。

 

当時は、大学の授業がほぼなくなるので、一人暮らしをやめて実家に戻っていました。

実家のキッチンが広い。

料理し放題。

食べてくれる家族もいる。

 

これはやるしかないと思いました。

 

 

料理の知識に乏しかった私は、

調理師専門学校の体験入学に行ってみました。
そこで繰り広げられる、

プロの講師による鮮やかなデモンストレーション。

 

すっかり魅了されてしまいました。

 

 

自分も料理ができるようになりたい!

との思いから、

何か目標を立てようと思いました。

私が立てた目標は、

「大学卒業までに料理100品を作り、写真を撮って記録に残す」

でした。

これを実際に実行していきましたが、
やればやるほどはまっていきました。
最初はレシピ本とのにらめっこ。

 

昔から特に料理を専門的にやっていたこともなく、
工程ごとにレシピ本をよく読んで作業していたので、
それはそれは時間がかかりました。

 

水餃子を作るのに餃子の皮から手作りしていたら、

丸1日たっていたこともありました(笑)

 

 

そして、大学卒業までに無事100品作ることを達成。
facebookに料理アルバムを作り、

すべての作品を掲載しました。

今でも私のfacebookアルバムには、その記録が残してあります。

 

 

 

一眼レフとの出会い

 

最初は携帯電話のカメラで作った料理を撮影していましたが、
入社の少し前に、前から興味のあった一眼レフを購入。
料理や花の撮影が趣味になりました。

 

 

社会人生活が始まってからは、

仕事と、3つの趣味(料理・カメラ・声楽)・地元の観光大使(キャンペーンレディ)

を同時並行でこなしていました。

 

こなす、というよりも、

 

ただ楽しくてやっていました。

 

 

ただ、やっているうちに、

あることに気づきました。

 

 

 

「どれか一つに絞らないと、力が分散しすぎて、何も極められない。

 

全部中途半端だ。」

 

 

これに気づいてからは、

 

自分がやっていて一番楽しくて、

 

人からよく褒められることを選ぼうと思いました。

 

結果、「料理」と「カメラ」を選びました。

 

 

「カメラ」の中でもジャンルはたくさん。
人・建物・動物・料理などなど・・・

 

私は、作った料理を美しい作品として残すことにやりがいを感じたので、
料理専門に撮ることにしました。

 

 

そこからは、料理とカメラに関する技術を磨くべく、

様々な努力をしました。

レシピ本や料理に関する本を読み込んだり、

料理番組を見たり、

料理写真が上手な人のブログを見てまねをしたり、

 

写真教室に参加したり、

写真の本を読んだり、

撮影会に行ってみたり、

料理専門の写真教室に行ってみたり、

 

思いつく限りありとあらゆることをしました。
これも、「努力している」という感覚がなく、
「楽しくてやっている」という感じでした。

 

会社を辞めて、料理の道へ

 

在職中、栄養士や料理関連の学校見学に

数え切れないほど行きました。

 

 

「会社を辞める」という選択肢はありませんでしたが、
会社員生活も3年目に入り、

「このままここで生きていくのか」疑問に思いました。

 

 

 

職業とは、その分野の専門家になること。
専門知識をいかして、人の役に立つこと。

 

 

私は、定期預金の利息やローン返済の軽減で人の笑顔を見るよりも、

料理で人の笑顔が見たいと思うようになりました。

 

 

 

料理を趣味で終わらせたくない。
そして、料理を仕事にするならば、

人の健康を守る料理を作れる人になりたい。

 

 

だから、調理師や製菓の学校ではなく、

栄養士養成校を選びました。

 

 

いまは、「料理を教え、料理ができるようになった人の笑顔が見たい」

と思っています。

 

 

 

私のように、何の知識も技術もないところ、

0から料理を始め、
料理ができるようになることで、

自分に自信を持って生きる人を増やしたい。

 

 

実は、私は
高校時代、新体操部に所属していました。

平日も土日も朝練・昼練・放課後練に明け暮れ、

 

仲間とインターハイ出場を叶えました。

 

しかし、新体操部を引退してからは熱中できることが見つからず、
新体操を失った自分はいったい何の価値があるんだろう?と思い悩む大学3年間。

 

 

4年目にして出会った料理が、

私に揺るぎない自信をくれました。

 

人は、

「自分は何かができる」

ということに、

確かな自信を持つのだと思います。

 

 

いちばん身近にあってすぐできることで、
人生に密接にかかわる、食事。

 

最も役立つ趣味にもなる。

 

私は、自分の手で、

自分や人の健康を守る食事を作れる人を、増やしたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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