私が栄養士になった理由

こんにちは。栄養士のminaです。

「安定した金融機関をやめて学校に通うなんて、すごい勇気ですね!」

「どうしてわざわざ仕事を辞めて栄養士の学校に通おうと思ったんですか?」

自己紹介をするたびに、金融機関を退職してから栄養士学校に入ったことに驚かれ、こんなふうに人から聞かれます。

今日の記事では、私が栄養士を目指した話をしたいと思います。

タップで移動できる目次

料理を始めたきっかけ

赤石美波
婚活料理教室の講師の仕事

私はいま、栄養士の専門学校に通っています。

私がどうして、安定した金融機関を辞めてまで料理の道に進もうと思ったのか。

さかのぼると、きっかけは、大学4年生の春です。

運良く就職先から内定をいただきました。嬉しくて飛び上がりそうだったのを覚えています。

必要な単位もほとんど取り終わっていたので、「大学4年。就職も決まったし、残り1年間何をしよう?」と考えました。

そこで、「身近にあることを、極めよう」と思いました。

そして、一番身近にあった料理にピンときました。

当時は、大学の授業がほぼなくなるので、一人暮らしをやめて実家に戻っていました。

実家のキッチンが広い。

料理し放題。

食べてくれる家族もいる。

これは料理をやるしかないなと思いました。

料理の知識がほとんどなかった私は、調理師専門学校の体験入学に行ってみました。

そこで繰り広げられる、プロの講師による鮮やかなデモンストレーションにすっかり魅了されてしまいました。

自分も料理ができるようになりたかったので、何か目標を立てようと思いました。

私が立てた目標は、「大学卒業までに料理100品を作り、写真を撮って記録に残す」でした。

これを実際に実行していきましたが、やればやるほどはまっていきました。

昔から特に料理を専門的にやっていたこともなく、工程ごとにレシピ本をよく読んで作業していたので、最初はとても時間がかかりました。

水餃子を作るのに餃子の皮から手作りしていたら、丸1日たっていたこともありました(笑)

そして、大学卒業までに無事100品作ることを達成。

facebookに料理アルバムを作り、作った料理を載せました。

一眼レフとの出会い

最初は携帯電話のカメラで作った料理を撮影していましたが、入社の少し前に、前から興味のあった一眼レフを購入。料理や花の撮影が趣味になりました。

社会人生活が始まってからは、仕事と、3つの趣味(料理・カメラ・声楽)・地元の観光大使(キャンペーンレディ)を同時並行でこなしていました。

こなす、というよりも、ただ楽しくてやっていました。

でも、やっているうちに、あることに気づきました。

「どれか一つに絞らないと、力が分散しすぎて、何も極められない。このままだと全部が中途半端だなあ」

これに気づいてからは、

自分がやっていて一番楽しくて、人からよく褒められることを選ぼうと思いました。

結果、「料理」と「カメラ」を選びました。

「カメラ」の中でもジャンルはたくさん。

人・建物・動物・料理などなど・・・

私は、作った料理を美しい作品として残すことにやりがいを感じたので、料理専門に撮ることにしました。

そこからは、料理とカメラに関する技術を磨くために、努力をしました。

レシピ本や料理に関する本を読み込んだり、料理番組を見たり、料理写真が上手な人のブログを見てまねをしたり、

写真教室に参加したり、写真の本を読んだり、撮影会に行ってみたり、料理専門の写真教室に行ってみたり、思いつく限りありとあらゆることをしました。

これも、「努力している」という感覚がなく、「楽しくてやっている」という感じでした。

会社を辞めて、料理の道へ

まだ会社にいた頃、栄養士や料理関連の学校見学に数え切れないほど行きました。

「会社を辞める」という選択肢はありませんでしたが、

会社員生活も3年目に入り、仕事が楽しくなさそうな周りの人たちを見て、「このままここで生きていくのかな」疑問に思いました。

職業とは、その分野の専門家になること。

専門知識をいかして、人の役に立つこと。

私は、定期預金の利息やローン返済の軽減で人の笑顔を見るよりも、料理で人の笑顔が見たいと思うようになりました。

料理を趣味で終わらせたくない。

そして、料理を仕事にするなら、人の健康を守る料理を作れる人になりたい。

なので、調理師や製菓の学校ではなく、栄養士養成校を選びました。

いまは、「自分の持っている食や料理の知識で人の役に立ちたい」と思っています。

私のように、何の知識も技術もないところ、0から料理を始め、料理ができるようになることで、自分に自信を持って生きる人を増やしたい。

実は、私は高校時代、新体操部に所属していました。

平日も土日も朝練・昼練・放課後練に明け暮れ、仲間とインターハイ出場を叶えました。

でも、新体操部を引退してからは熱中できることが見つからず、新体操を失った自分はいったい何の価値があるんだろう?と思い悩む大学3年間。

大学生活4年目にして出会った料理が、私を夢中にさせてくれました。

いちばん身近にあってすぐできることで、人生に密接にかかわる、食事。

私は、このブログを通して、自分や人の健康を守る食事を作れる人を、増やしたいと思っています。

赤石美波
シェアしてね!
タップで移動できる目次
閉じる